

■大阪「とよ」
大阪の「とよ」さんに久々に着ました。
そこは まさに「とよ」劇場・・・
そこは居酒屋を超えてそう呼ぶにふさわしいと思った。
言葉や文章で「とよ」さんの居酒屋をどう表現してイイのか
文章が浮かばない・・・

左がとよさん、いつも叫びながら仕事をしてます。右は4時半なのにすでにこの行列です!
わたしには、飲食業界で2人の尊敬する方がいます。
一人は、私を育ててくれた楽コーポレーションの宇野隆史社長、そして、大阪のマグロ屋台「とよ」のとよさんです。
繁盛店というのは「カタチ」から造られるものとオーナー自らの「人柄」で造られる場合と・・・いろりろありますね。
「とよ」さんの場合は・・・??
以前「繁盛できる」の立山さんのお誘いで、「とよ」さん、楽コーポレーション宇野オヤジ等と「とよ」さんの故郷でもある「喜界島」を訪れた。
2度目の訪問になる「喜界島」である。
喜界島は奄美大島から飛行機で10分、人口5000人の小さな島だ・・・
初めて訪れた時3回タクシーに乗ったら、3回とも同じ運転手さんだった(笑)
島に訪れた訳は「喜界島酒造」さんの視察でした。
この時も喜界島酒造を見学してからの「メインイベント」、つまり「宴会」が待ちどおしかった・・
「宴会」と言ってもどこかのお店でやるのではなく、喜界島酒造前のビーチでやるのです・・・
日が沈むまではまだまだ時間がたっぷりある真昼間、ビーチにはビニールシートが敷かれ、ど真ん中に「まな板」がデーンと置いてあります。
喜界島酒造さん全員のおもてなしで始まった宴会は、地元の中学生の子が演奏する三線の音楽に合わせて
まさに飲めや唄えの大騒ぎ・・・ドーンと置かれたまな板では、目の前の海で獲れたばかりの魚を、「とよ」さんが「オリャ〜」っと奇声を上げながらさばいてます。
獲れたての魚に喜界島の黒糖焼酎・・・目の前にはコバルトブルーの海・・・最高でしょ・・・
そんな時僕は「とよ」さんに質問した。
「とよさん、あのウニイクラ寿司はどうやって思いついたのですか?」
・・・と、素朴な疑問でした。
とよさんはこう答えました
「あれは考えて出来たのとちゃうで〜」
聞くと
ある日「とよ」さんが市場を歩いていた時に財布を拾ったそうだ。
その財布には大金が入っていて、「とよ」さんは
「こりゃ落とした人はエライ困っとるにちゃいない」と、思い財布の持ち主を市場中血まなこになって探したそうです。
やっとの思いで落とし主を探し当て財布は無事本人のもとへ・・・
当然「とよ」さんは感謝されて何か礼をさせてくれとお願いされたそうです。
しかし「とよ」さんはそれを断わりました。
そして数日たったある日、もの凄い量の「イクラ」が居酒屋「とよ」に届いたのです。
それはあの財布の落とし主からでした・・・
その方は「イクラ」屋さんの社長で、その社長も必死で「とよ」さんを探し当てたそうです。
「こんなにたくさんのイクラどないしょ・・・?」
「とよ」さんはそう思ったそうです
そこで巻寿司の上にイクラをドーンと乗せて・・・
イクラだけじゃ何かへんやぞ・・・
そや!!ウニも乗せたれーー!!

そうして居酒屋「とよ」名物「ウニいくら寿司」が誕生したのです。
居酒屋の神様「とよ」さんには、商売の神様がその様に導いて下さって、あの「ウニクラ寿司」は生まれたんだ・・・
ガンさんが最も尊敬する「居酒屋の神様」、「とよ」さんは今日も沢山のパーワーを僕たちに与えてくださいました。
「とよ」さん
ありがとうございました!!
2008年10月 岩澤 博
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